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仙台地方裁判所 昭和60年(ワ)310号 判決 1985年11月01日

原告・反訴被告 有限会社小林商事

被告・反訴原告 国

代理人 真壁孝男 藤原篤 ほか二名

主文

一  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間において、別紙記載の供託金の還付請求権が訴外宮城野電気工事株式会社に帰属することを確認する。

二  原告(反訴被告)の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じて原告(反訴被告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告(反訴被告)

1  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)との間において別紙記載の供託金の還付請求権が原告(反訴被告)に帰属することを確認する。

2  被告(反訴原告)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は本訴反訴を通じて被告(反訴原告)の負担とする。

二  被告(反訴原告)

主文同旨

第二当事者の主張

(本訴関係)

一  請求原因

1 原告(反訴被告、以下「原告」という)は、昭和五八年一〇月三一日、訴外宮城野電気工事株式会社(以下「訴外会社」という)から、同会社が雇用促進事業団(以下適宜「事業団」という)に対し有していた昭和五八年九月一三日付雇用促進住宅四郎丸宿舎テレビ共聴設備工事請負契約(以下「本件請負契約」という)にもとづく請負代金請求債権金五〇〇万円(以下「本件請負代金債権」という)の譲渡を受け、同会社から事業団に対し内容証明郵便を以つて右債権譲渡の通知がなされ、同通知は同年一一月一日事業団に到達した。

2 昭和五八年一二月二六日被告(仙台南社会保険事務所)は、訴外会社が昭和五八年度健康保険料等合計五一三万一七六八円を滞納したことにより、本件請負代金債権を差押えた。

3 雇用促進事業団は、原告、訴外会社を被供託者として、別紙記載のとおり前記請負代金五〇〇万円を真の供託者を確知できないとして供託した(以下これを「本件供託」という)。

4 しかし、訴外会社から原告に対してなされた前記債権譲渡は、被告の差押に優先し、被告の差押は無効なものであるから、被告に対し本件供託金の還付請求権が原告にあることの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実のうち、訴外会社が本件請負契約に基づき本件請負代金債権を取得したことは認め、その余の事実は不知。

2 同2及び3の事実は認め、同4は争う。

三  抗弁(債権譲渡の無効)

原告は訴外会社から本件請負代金債権を譲受けたと主張するのであるが、本件請負契約の締結にあたり作成された契約書四条には「乙(訴外会社)は、この契約によつて生ずる権利又は義務を第三者に譲渡又は承継せしめてはならない。ただし、書面による甲(事業団)の承諾を得たときは、この限りでない。」と定められており、原告は本件請負代金債権を譲受けるに際し、契約内容を右契約書によつて確認し、右譲渡禁止の特約の存在を知つていたものである。また、何らかの理由により原告が右契約書自体を確認しなかつたとしても、事業団のような公的団体と請負業者との契約が様式の定まつた契約書によつてなされ、通常債権譲渡禁止特約が付されることは周知の事実であるから、特に金融業を営む原告にあつては債権譲渡禁止特約が付されていることは熟知していたはずである。

仮に、原告が右特約の存在を知らなかつたとしても、訴外会社が所持する契約書の提示を求めてそれを通読し、あるいは事業団に問い合わせをする等すれば容易に右特約の存在を知り得たはずであるから、原告が契約書の表紙のみを見てその内容を読まず、或いは事業団に問い合わせをすることもなく軽々に特約の不存在を信じたのであれば、そこに重大な過失があることは明らかである。

したがつて、原告の主張する本件請負代金債権の譲受けは民法四六六条により無効なものである。

四  抗弁に対する認否

本件請負代金債権に被告主張のとおり譲渡禁止の特約が付されていたことは認めるが、その余の事実は否認する。

五  再抗弁(雇用促進事業団による本件請負代金債権譲渡の承諾)

訴外会社は、本件請負契約にかかる工事を完成しないまま倒産したところ、昭和五八年一二月一日、雇用促進事業団仙台支部経理班長嵐克智は、原告に対し、右工事を原告において完成させるならば請負代金全額を原告に支払う旨告げ、本件請負代金債権の譲渡を承諾した。そこで、原告は、本件請負契約の完成保証人であつた高栄電気株式会社(以下「高栄電気」という)に依頼して右工事を完成させ、事業団にその完了の検査を求めたところ、被告が本件請負代金債権に対し前記差押をしてきたものであるから、右差押は、事業団の承認による有効な債権譲渡後の差押として無効なものである。

六  再抗弁に対する認否

雇用促進事業団仙台支部経理班長嵐克智が本件請負代金債権の譲渡を承諾したとの事実は否認し、原告が本件請負工事を完成させたか否かは不知。

(反訴関係)

一  請求原因

1 被告(仙台南社会保険事務所)は昭和五八年一二月二六日現在、訴外会社に対して昭和五八年度健康保険料等合計金五一三万一七六八円の債権を有している。

被告は右健康保険料等債権を徴収するため同月二六日、本件請負代金債権を差押え、右債権差押通知書は同日雇用促進事業団に送達されたことから、被告は、本件請負代金債権につき取立権を取得した。

2 本件請負代金債権には譲渡禁止の特約が付されていたところ、原告は、昭和五八年一〇月三一日、訴外会社から同債権を譲受けたとして事業団に対しその支払いを求めたため、事業団は昭和五九年一月一九日、債権者不確知を供託原因として別紙記載のとおり右請負代金を仙台法務局に供託した。

3 ところで、原告は昭和五八年一〇月三一日訴外会社から本件請負代金債権を譲受けたと主張するのであるが、本訴関係の抗弁欄記載のとおり、本件請負代金債権には譲渡禁止の特約が付されており、原告は右譲受の際、右の特約の存在を熟知し、または仮にこれを知らなかつたとしても知らないことに重大な過失があつたというべきであるから、右譲受けは民法四六六条により無効なもので、本件供託金の還付請求権は訴外会社に帰属する。

4 よつて、被告は原告に対し、本件供託金の還付請求権が訴外会社に帰属することの確認を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1の事実については、被告が本件請負代金債権につき取立権を取得したとの点を否認し、その余は認める。

2 同2の事実は認める。

3 同3の事実については、本件請負代金債権に被告主張のとおりの譲渡禁止の特約が付されていたことは認め、その余は否認する。原告は、本訴関係請求原因欄に記載のとおり、訴外会社から本件請負代金債権を有効に譲受けた。

三  抗弁(雇用促進事業団による本件請負代金債権譲渡の承諾)

本訴関係の再抗弁欄記載の事実と同一。

四  抗弁に対する認否

本訴関係の再抗弁に対する認否欄記載の事実と同一。

第三証拠 <略>

理由

一  本訴関係

1  請求原因について

<証拠略>によれば、昭和五八年一〇月三一日原告が本件請負代金債権を訴外会社から譲受け、内容証明郵便によるその旨の譲渡通知が同年一一月一日雇用促進事業団に到達した事実が認められ、その余の請求原因事実については、当事者間に争いがない。したがつて、請求原因事実は認めることができる。

2  抗弁について

(一)  本件請負代金債権に譲渡禁止の特約が付されていたことについては当事者間に争いのないところ、被告は、原告には右特約の存在につき悪意、または少なくとも右特約の存在を知らなかつたことに重過失があるから、原告の本件請負代金債権の譲受けは無効である旨主張する。

しかるところ、右のような譲渡禁止の特約を第三者に対抗することができるのは、民法四六六条第二項但書の規定により第三者(譲受人)が善意でないこと(即ち悪意であること)及び同条の立法趣旨等に照らし特約を知らないことに重大な過失があつた場合と解するのが相当であるから、本件において原告に右のような悪意または重過失があつたか否かについて検討する。

(二)  前記認定事実に、<証拠略>によれば、次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

<1> 訴外会社と雇用促進事業団とが本件請負契約を締結するにあたつては、「工事請負契約書」と題して工事名、工事場所、工期、請負代金額及び契約当事者が「次の条項によつて請負契約を締結する。」旨記載された表紙と、一〇頁に亘り三二箇条の条項の盛られた本文及び契約日付が記入され契約当事者及び完成保証人の各記名押印のなされている最終頁(一一頁目)で構成された契約書が作成され、これを各契約当事者が一部ずつ所持していたところ、同契約書の第四条には、「権利義務の譲渡等」との見出しのもとに、「乙(訴外会社)は、この契約によつて生ずる権利又は義務を、第三者に譲渡又は承継せしめてはならない。ただし、書面による甲(雇用促進事業団)の承諾を得たときは、この限りではない。」旨記載され、本件請負代金債権につき譲渡禁止の特約が付されていた。

<2> 原告は貸金業を目的とする会社であり、昭和五八年一〇月三一日、従来から資金融資していた訴外会社より新たな借入れの申し込みを受けたが、同社の営業内容があまり芳しくないことからこれに応じかねたところ、同社の代表者佐藤金毅は前記本件請負契約の契約書の表紙と最終の一二頁部分をコピーしたものを原告に示し、工事も完了している旨述べて本件請負代金債権を担保に融資を願い出たことから、原告は、右佐藤の言葉を信じ、契約内容等につき契約書本文の閲読あるいは雇用促進事業団への照会等による確認を取らないまま、本件請負代金債権を譲受けることにして訴外会社に金四二五万円を貸付け、同日中に訴外会社から事業団に対し債権譲渡通知がなされ、同通知は同年一一月一日事業団に到達した。

<3> 右譲渡通知を受けた事業団は、右譲渡は承認しないことで内部的に処理していたが、同年一一月末頃になつて訴外会社が倒産したため、その頃、原告は本件請負代金債権の支払いを受けるべく事業団仙台支部に電話したところ、同支部の経理班長である嵐克智から同債権には譲渡禁止の特約が付されていることを告げられた。

以上のとおり認められる。

(三)  右認定事実によれば、原告が本件請負代金債権を譲受ける際前記譲渡禁止の特約の存在を認識していたとまでの事実は認め難い。そこで、右特約の存在を知らなかつたことについての原告の重過失の有無を検討すると、<証拠略>によれば、官公庁の発注にかかる建設請負工事にはその請負代金債権に原則として譲渡禁止の特約が付されていることが認められるものの、これが、被告の主張する如く、世間に周知された事実となつているとまではにわかに断じ難い。しかしながら、他面建設請負契約においては、極く小規模なものを除き、工事の円滑、誠実な実現を図るため工事方法等につき比較的詳細な約定を設け、代金の支払時期、方法等についても種々の附款を定めるのが通例であり、とくに雇用促進事業団のような特殊法人を含めた官公庁発注の建設工事請負契約においてこの傾向が顕著であることは少なくとも商取引きの経験のある者にとつて広く知れた事実となつているといえる。したがつて、金融取引に精通している金融業者が建設工事請負代金債権を担保に金員を貸付けるような場合においては、当然これら附款の存在に意を注ぎ、最低限契約書の条項を閲読してその内容を確認すべき取引上の注意義務があるというべきであつて、譲渡禁止の特約についても(このような特約の合理性については、代金債権を譲渡した請負人はその後注文者に一定期間義務だけ履行するという関係に立つから、これが請負人の誠実な契約義務の履行に影響を与える虞れを否定できず、少なくとも注文者にそのような不安を及ぼす結果となることは明らかであるから、その合理性を首肯しうるものである。)、当該契約書の条項を充分閲読する余地があり仮にこれを閲読していれば右特約の存在を容易に知り得たにも拘わらず、これを全く閲読せず右特約の存在に気付かないまま請負代金債権を担保としてその譲渡を受け、金員を貸付けたような場合には、金融業者に要求される右取引上の注意を著しく怠つたものとして前示法条による保護は与えられないものと解するのが相当である。

これを本件についてみると、前記認定事実によれば、金融業者たる原告は、営業状態の芳しくなかつた訴外会社に、建築工事にかかる本件請負代金債権を担保(譲受)に金員を貸付けるにあたつて、訴外会社から、本件請負契約の契約書の表紙と契約当事者の記名押印のなされた最終頁のコピーを示されたのみで本件請負代金債権に何らの条件が存しないものと速断し、訴外会社にその所持する契約書本文の提示を求めないまま右債権譲渡を担保とした貸付けに応じたもので、しかも右に示された表紙部分さえも「次の条項によつて請負契約を締結する。」旨明記され、右請負契約に種々の附款が存在することを充分窺わせる内容となつていたのであるから、それにも拘わらず、訴外会社に契約書本文の提示を求めないまま(仮に、原告の提示要求にも拘わらず訴外会社が契約書本文を提示しなければ前記の貸付けは成立しなかつたであろうし、また訴外会社が原告の要求に応じたならば、契約書本文を閲読することにより、原告は第四条の譲渡禁止特約を容易に知つた筈である。)本件請負代金債権の譲渡を受けた原告は、前述の取引上の注意義務を著しく怠つたものといわざるをえない。

(四)  したがつて、原告には、本件請負代金債権を譲受けるにあたり、右譲渡禁止の特約の存在を知らなかつたことについて重大な過失があつたというべきであり、被告の抗弁は理由がある。

3  再抗弁について

譲渡禁止の特約のある債権をその譲受人が右特約の存在を重大な過失により知らないまま譲受けた場合でも、その後、債務者が右債権の譲渡について承諾を与えたときは、右債権譲渡は譲渡の時にさかのぼつて有効となり、また、譲渡に際し債権者から債務者に対し確定日付のある通知がされている限り、譲受人は、右債務者の承諾以後右債権を差押えた第三者に対しても債権譲渡の有効であることをもつて対抗することができるものと解するのが相当であるところ、原告は、再抗弁欄記載のとおりの経過で、被告の差押え以前に、雇用促進事業団仙台支部経理班長嵐克智から本件請負代金債権譲渡の承諾を得た旨主張し、<証拠略>中には右主張に副う供述部分がある。また、これまでの認定事実に、<証拠略>によると、訴外会社が倒産した時点では本件請負契約にかかる工事は未完成であつたこと、そこで原告は、右工事を早期に完成させて本件請負代金債権の回収を図ろうと考え、本件請負契約の完成保証人となつていた高栄電気と交渉し、本件請負代金債権のうちから金五〇万円を同社が受領し残工事を完成させることで合意したこと、高栄電気は、右合意に基づき昭和五八年一二月二〇日頃右残工事を完成させたことの各事実が認められる。

しかしながら、<証拠略>中には、訴外会社の倒産後原告代表者から嵐克智に本件請負代金債権の支払いに関する照会があつた際、同人は雇用促進事業団は原告への債権譲渡を承諾していない旨返答したとの供述部分があり、承諾の事実を否定しているところ(なお、原告の主張は、嵐克智に本件請負代金債権譲渡に関する承諾権限があつたことを前提とするものであるが、この点に関する判断は暫く措く。)、<証拠略>によれば、前記残工事の完成は、本件請負契約の完成保証人であつた高栄電気が同契約上の義務として本来履行せざるをえなかつたものであることが認められるから、高栄電気による残工事完成の事実が右債権譲渡の承諾の事実を当然推認させるものではないし、また、前記のとおり、本件の譲渡の禁止の約定には、譲渡の承諾は書面によることが明記されており、また原告も、嵐克智から右特約の存在を知らされた以降譲渡の承諾は書面による必要のあることを当然知つたものと推認されるところ、本件において書面による承諾がなされていないのは勿論のこと、原告においてこのような書面による承諾を要求した事実も証拠上窺われないことからすると、嵐克智が右譲渡を承諾したとする原告代表者本人らの供述は採用し難く、他に右承諾の事実を認めさせるに足りる証拠もないから、結局、原告の主張は理由のないものと言わざるをえない。

4  そうすると、原告の本件請負代金債権の譲受けは無効なもので、これを有効に取得していないこととなるから、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は失当といわざるをえない。

二  反訴関係

1  請求原因について

被告は昭和五八年一二月二六日現在訴外会社に昭和五八年度健康保険料等合計金五一三万一七六八円の債権を有し、これを徴収するため同月二六日本件請負代金債権を差押え、その通知書が同日雇用促進事業団に送達されたこと、原告は訴外会社から本件請負代金債権を譲受けたとして事業団に同債権の支払いを求めたことから、事業団は昭和五九年一月一九日債権者不確知を供託原因として別紙記載のとおり請負代金を供託したこと及び本件請負代金債権に譲渡禁止の特約が付されていたことについては当事者間に争いがなく、原告の本件請負代金債権の譲受けが民法四六六条二項但書による保護を受けられないものであることは本訴関係の抗弁に対する主張で判断したとおりである。したがつて、請求原因事実は認めることができる。

2  抗弁について

抗弁事実が証拠上認め難いことは本訴関係の再抗弁の主張に対する判断で示したとおりである。

3  そうすると、被告の反訴請求は理由があることとなる。

三  結論

以上のとおりであつて、原告の本訴請求は理由がないから失当として棄却し、被告の反訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 光前幸一)

別紙 <略>

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